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浦和地方裁判所熊谷支部 昭和35年(ワ)139号 判決 1964年2月20日

原告 国

訴訟代理人 岩佐善己 外五名

被告 増沢清茂

主文

被告は原告に対し、金四〇、六八二、五九〇円及び内金三九、一三八、六五七円に対する昭和三五年九月二八日から右完済まで日歩二銭七厘の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金五、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、原告主張の請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二、原告が訴外会社との右倉庫保管契約に基づき昭和三三年四月一日訴外会社に対し前会計年度内に寄託した麦類の繰越分の寄託を右約旨(原告主張二記載)により引き続き継続する旨再契約したこと、同日後同会計年度に別表二のとおり、いずれも埼玉昭和三三年産の大麦(一類)六、四八五俵八・九キロ、はだか麦(四類)三八七俵、普通小麦(二類)一〇、三八〇俵以上合計一七、二五二俵八・九キロを引渡し、訴外会社に保管を委託したことも当事者間に争いがなく、成立に争のない甲第四号証、第五号証の一ないし二三によると、右繰越分の数量が原告主張のように別表一記載の小麦二、三七九俵を含む四四、五三二俵であつたことが認められる。被告は、右繰越分の寄託を継続するにあたり、繰越分に相当する数量は現存してなかつたと主張し、証人矢島芳雄の証言中には右に副うような供述部分があるが、右は証人芹沢浩寿の証言や成立に争のない甲第五号証により認められるところの、各繰越分については訴外会社から所定の保管料を原告に請求し、訴外会社においてその支払を受けている事実からみて信用し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

三、昭和三四年三月三一日現在において、訴外会社が原告から寄託を受けた別表二記載の昭和三三年産麦類合計一七、二五二俵八・九キロが右訴外会社の倉庫に存在しなくなつたことは被告の自白するところであり、成立に争のない甲第四号証によると昭和三三年一二月一一日現在において別表一記載の昭和三二年産小麦合計二、三七九俵(野田醤油に引渡すべく荷渡指図を受けた分)が亡失し右倉庫に存在せず引渡不能となつたことが認められる。証人芹沢浩寿の証言によると、訴外会社の倉庫は構造上の欠陥はなく、埼玉県下においては比較的優秀の部に属していたこと、右倉庫内における虫鼠害については、原告が訴外会社に麦類を寄託するようになつて以来、原告から費用を出して毎年定期的に虫鼠駆除の措置を構じてきたこと、訴外会社に入庫した原告寄託の麦類については近郷からの買入によるもので、しかも原告の担当官が数量等を検査をした上入庫したもので乱俵による亡失ということも考えられず、従つて本件におけるがごとき大量の虫鼠害その他による亡失は考えられないことが認められ、証人矢島芳雄の証言によると、原告から寄託を受けた麦類の数量を確認するときは、訴外会社からは同人がこれに立会い、入庫についてもいちいち検査をしていたことが認められ、昭和三三年産麦類(別表二)亡失の原因は訴外会社が原告から寄託を受けた昭和三二年産麦類の在庫が大量に不足するに至つたため、訴外矢島芳雄が昭和三三年会計年度中において昭和三十二年度産麦類の荷渡指図により他に麦類の引渡をなすにあたり、原告から寄託を受けた昭和三三年産麦類を混入出庫したためのものであることは被告の主張自体により明かであり、更に原告と訴外会社との寄託契約は冒頭認定のように特定保管とし、訴外会社は入庫から出庫まで原告の指示するところに従い善良なる管理者の注意をもつて保管すべきものであり、成立に争のない甲第一号証によると、訴外会社が、原告から寄託を受けた麦類を出庫するにあたつては原告の発行する品質、等級、産年等を記載した荷渡指図に基いてなさねばならないとされていることが認められ、これらの各事実からすると、右亡失の事実は訴外会社の常務取締役であり且つ訴外会社の商業使用人として倉庫事務の責任者であつた(このことは争いがない)訴外失島芳雄の故意少くとも重大な過失に基づくものというべきである。

(被告は訴外矢島芳雄が荷渡指図によらないで麦類を出庫したのは原告側係官の指示ないし諒解のもとになされたものであり、仮りに明示の指示、諒解まではなかつたとしても暗黙の承諾があつたものであるから訴外矢島芳雄に本件麦類の亡失につき故意過失の責任はないというが、その主張のような明示又は黙示の指示なり諒解があつたことはこれを認定すべき何等の証拠もない)従つて、訴外会社は本件麦類の亡失による履行不能により契約当事者としてその填補賠償の責に任ずべきのみならず、右矢島芳雄の故意過失は訴外会社の故意過矢となるものであるから、訴外会社は本件寄託契約に基き本件亡失の日から約定の日歩二銭七厘による遅延損害金を支払う義務を負うに至つたものというべきである。

三、そこで、訴外会社が原告に対し負担すべき損害についてみる。

(1)  別表二記載の亡失麦類については寄託契約に基き政府買入価格によりうるのであり、右亡失各麦類の政府買入価格が同表単価欄に記載されているとおりであることは被告において、争わないところであるから、これらの麦類の価格、総合計が同表に記載されているとおりの価格になることは算数上明らかである。

(2)  別表一記載の亡失小麦についても政府買入価格によりうることは前同様であり、政府買入価格が同表単価欄記載のとおりであることは被告の認めるところでありこれにより右小麦の全価格が同表記載のとおりの価格となることも算数上明かであるが、右亡失小麦については、原告において野田醤油に売渡しその代金を受領の上、訴外会社に荷渡指図により野田醤油に引渡を求めたところ、これが引渡不能となつたため、原告と野田醤油との間に調停が成立し、原告から野田醤油に対し右亡失小麦に代えて金四、二四〇、六一一円を支払つたことは当事者間に争いがないから、原告は別表一の亡失小麦については少くとも右同額の損害を受けたことは明かである。

(3)  被告は、原告は麦類の価格調整を行う目的の下に食糧管理特別会計を設け一定の価格で麦類を買入れ更にこれを、買入価格を下廻る所定の売渡価格で民間に払下げるのであるから本件亡失により原告の受けた損害額の算定については、政府買入価格によるべきではなく売渡価格によるべきであると主張するが、本件麦類の亡失による損害額については、原告と訴外会社との寄託契約により受託者の故意又は重過失に基く損害としては、高い政府買入価格により算定しうるものであることは当事者間争いのないところであるのみならず成立に争のない甲第三、第九、第一〇号証によれば、訴外会社は右政府買入価格により算定した損害額を原告の受けた損害として認め、債務確認書を原告に提出すると共に、右債務の弁済につき和解が成立していること(和解が成立した事は争いがない)が明かであり、原告の主張する被告の負うべき責任は訴外会社の原告に対する債務につき連帯保証したこと、又は、商法上の責任を求めるもので訴外会社の債務に対する附随的のものといえるから、被告の右主張は理由がない。

また被告は昭和三三年七月二日から同年一二月二八日まで合計三八、二六九俵に達する昭和三二年産麦の荷渡指図を受け、この荷渡指図に基づき昭和三二年産麦に代えて昭和三三年産麦を出庫したため昭和三三年産麦が不存在となつたものであり従つて本件昭和三三年産麦は荷渡指図に基づき出庫したもので、その代金は全部原告において領収している筈であるから、荷渡指図において指定された麦類の価格と現実に出庫された昭和三三年産麦類の価額との差額のみが損害であると主張するが、訴外会社が原告の荷渡指図に違反しこれに指定する年産麦類と異る年産麦類を出庫することは、この事自体既に寄託契約に違反するもので債務不履行による責任を負うべきものであり、まして、本件のように、昭和三四年三月三一日現在において保管されてあるべき昭和三三年産麦類が不存在となつているのみならず、これに代るべき他の年産の麦類も客観的に存在しなくなつた以上、たとい本件麦類の不存在となつた理由のいかんを問わず、結果において昭和三三年産麦類を亡失したことになるものであり、この責任を訴外会社において負うべきは当然であり被告の右主張も理由がない。

(4)  そして、別表二記載の麦類の損害額金三五、二四五、三八五円に対する亡失の日である昭和三四年三月三一日から昭和三五年九月二七日までの約定利率日歩二銭七厘の割合による遅延損害金が金五、二〇五、三九〇円(円以下は「国等の債権債務の金額の端数計算に関する法律」になり切捨となる以下同じ)であることは算数上明かであり、別表一記載の亡失小麦に対する前記損害額(金四、二四〇、六一一円)に対する右と同一期間内における同率の遅延損害金が金六二六、二九五円となることも算数上明かであり、原告が本件事故により蒙つた損害額は合計金三九、四八五、九九六円となり、これに対する遅延損害金の合計が金五、八三一、六八六円となるところ、右損害元本につき金三四七、三三九円、遅延損害金につき金四、二八七、七五三円の内内があつたことは原告の自認するところであるから、訴外会社は原告に対し、右内入を控除した損害元金三九、一三八、六五七円、遅延損害金一、五四三、九三三円合計金四〇、六八二、五九〇円及び内金三九、二二八、六五七円に対する昭和三五年九月二八日から完済まで約定利率日歩二銭七厘の割合による損害金の支払義務があることは明かである。

四、そこで、被告が、原告の右損害額につき個人として責任があるかどうかについて判断する。

(1)  まず、原告主張の連帯保証契約上の責任についてみるに、甲第二号証には、訴外会社の原告に対する本件寄託契約に基づき負担することあるべき損害につき被告が個人として連帯保証する旨の記載があるが、証人矢島芳雄、飯野アキ子の各証言によると、同号証中被告の署名押印は、訴外会社の業務一切を担当していた訴外矢島芳雄が被告に無断で被告の氏名を記入しその名下に被告不知の間に被告の妻から被告の印章を借用し、右被告名下に押印して作成したもので被告の何等関知しないものであることが認められるから、同号証中連帯保証人としての被告の署名押印部分は適法に成立したものとは認められないから同号証をもつて、原告が主張するように、被告が訴外会社の債務につき連帯保証したことの証拠とすることはできず、他に右事実を肯認すべき証拠はないから、被告が連帯保証したことを原因とする原告の主張は理由がない。

(2)  次に原告主張の商法上の責任について考える。被告が昭和三〇年九月から訴外会社の代表取締役であることは被告の自認するところであり、成立に争いのない甲第三、第四号証、証人矢島芳雄、飯野アキ子の各証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、訴外会社は訴外矢島芳雄がこれを設立経営してきたものであるが、訴外会社の対外的信用のため被告の父が矢島に懇請されて訴外会社の名目上の代表取締役に就任した。ところが、昭和二九年頃被告の父は老令のため訴外会社の代表取締役を辞任したいと矢島に申入れた際矢島から被告の父に代つて訴外会社の代表取締役になつてもらいたいと懇請され止むなく名義上の代表取締役社長となることを承諾したこと、被告は他に職業をもつていたので訴外会社の代表取締役に就任したのちも殆んど訴外会社に出勤して執務したこともなく、訴外会社の業務一切はすべて右矢島芳雄が専行し、代表取締役の職印も右矢島が保管し取締役社長たる被告名義で一切を処理したものであることが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。ところで、株式会社の取締役は善良なる管理者の注意をもつて職務を執行すべき義務並びに会社のため忠実にその職務を遂行すべき義務を負うから(商法第二五四条)取締役たるものは、会社のため他の取締役の業務執行についても注意を怠らず職務に違反する不当な業務執行行為については未然にこれを防止しもつて会社の利益を図るべき職務があるものというべく(代表取締役は会社代表及び業務執行機関たる固有の地位を有すると同時に取締役会の構成員たる取締役たる地位を兼有しているものである)従つて前記認定の事実によれば、被告は訴外会社の代表取締役であるにも拘らず訴外会社に対する関心が殆んどなく、取締役として果すべき前記職務を懈怠し、その結果同じく訴外会社の取締役であり且商業使用人として一切の事務を専行して来た矢島芳雄の本件麦類の亡失を来らしめ、原告に前記のごとき損害を与えたものと認めざるを得ず(訴外矢島芳雄が個人として、原告の本訴において主張する麦類の亡失に基づく損害額について、訴外会社と共に、右債務の存在を認め支払の責に任ずべき旨の和解が成立していることは前記甲第八ないし第一〇号証により明かである。)被告は訴外会社の代表取締役でありながら著しくその職務を懈怠したもので、被告がこの懈怠の事実を知らず懈怠の事実なしと考えたとするも、それは前記矢島芳雄を信頼したためであるにせよ、訴外会社の取締役として著しく注意を欠いた結果というべく、右職務懈怠については少くとも被告に重過失の責任を認むべきである。被告は訴外会社の代表取締役は単なる名目上のものに過ぎなかつたことを強調し(昭和三六年八月二五日付準備書面参照)、被告が訴外会社の名義上の代表取締役に過ぎず一切は訴外矢島芳雄がなしてきたことは前記のとおりであるが、全然代表取締役になつた事実がないというならいざしらず、いやしくも代表取締役になることを承諾して就任した以上内部関係において単に形式的名目的のものであつても代表取締役の職務権限につき何等消長をきたすものではない、というべきである。従つて被告は商法第二六六条ノ三により訴外矢島芳雄と連帯して直接第三者たる原告に対し、本件損害を賠償すべきものというべきであるから原告のこの点に関する主張は正当である。

五、以上の次第であるから、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小池二八)

別表一~四<省略>

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